In Speed We Trust

Speed of Japan Official Blog

加賀山と玉田の悔し泣きで終わった鈴鹿の夏…..

July 27th, 2015

AO4_1579_1

鈴鹿の夏が終わった。結果はと言うと加賀山が3年連続の表彰台。玉田はチームの目標達成が目前であった、最後の1時間でトラブルが発生し、18位…..

加賀山は今年は本気で優勝を狙っていた。だから、清成龍一をいろいろな弊害を乗り越えて獲得した。マシンもスタッフも最高の陣営を揃えた。事前準備も万全、レースウィークに入ってからも順調だった。だが、ファクトリーの壁は高かった。

清成がホールショットを獲るが、7回ピット作戦だったため、燃費を考えての走行。順位を7番手まで落としながらも、清成は予定の25周を越え、29周を走りきった。それを見た加賀山は、次のスティントで予定周回数を大幅に越えてピットイン。セーフティカー導入があった効果もあったが、彼らの頭の中にあったのは「6回」ピットイン作戦。少しでも少ないピットイン回数は大きくタイムを稼ぐことができる。

だが、この6回ピットイン作戦は選手に大きな体力的負担となる。2001年にHRCが玉田/岡田組でこの「伝説」の6回ピット作戦を敢行した。だが、体力的負担が大きく、専属トレーナーからHRCにもうしないようにと忠告されていたことがある。

加賀山が第2スティントの走行を終えて帰ってくると、選手たちは「6回」しか考えていなかった。最初は予定通りに帰って来てもらわないと困ると言っていたチーム首脳陣も、すぐに「6回」ピットを想定したレースプランに変更した。その後セーフティカーも数回導入され、これが「6回」を手助けをしてくれた。だが、清成と加賀山の最終スティントはセーフティカーが導入されず、フルペースで30周前後を走りきった。清成も加賀山も今までに見たことない疲労度で帰ってきた。加賀山はピットイン後、一瞬、体が硬直し、脱水症状を起こしていた。。

芳賀もそんなふたりを見て、暗くなってからの最終スティントを全力で走りきった。暗くなれば、ライダーの視界は極端に狭くなる。だから、ペースも当然落ちる。脱水症状を起こした加賀山に、「あとは頼んだ」とすべてを託されたら芳賀。「加賀山を男にする」と約束していた芳賀は全力で走りきり、3位表彰台を獲得した。

ゴール後には多くの人に祝福を受けた。プライベーターで3年連続の表彰台。完走でさえ、難しい鈴鹿8耐でこの業績は讃えられて当然のことかもしれない。だが、ゴール後、加賀山が祝福の渦の中でポツと「悔しい…..」と泣いた。加賀山はその後自分のことを見つけて、「清成に勝たせてあげられなくてごめん」と言った。自分も涙をこらえきれず加賀山に「悔しいな。来年は絶対に勝とうな」と言ってあげるのが精一杯だった。

清成も芳賀もその加賀山の気持ちを知っている。だから、3位表彰台で喜ぶことよりも優勝できなかった悔しさの方が強かった。

Photo Jul 26, 08 43 59
玉田は今年もHonda Team Asiaの監督しての参戦。本人はまだまだライダーでやりたい気持ちを抑えて、自分に与えられた仕事である「アジア人ライダーの育成」を考えて、監督しての参戦を選んだ。

Honda Team Asiaは今年で参戦4年目。最初の2年はマレーシア人ライダーのアズラン・シャー・カマルザマンを参戦させ、そこに玉田と亀谷長純が。2年目は玉田と高橋裕紀がアズランをサポートする形で参戦した。昨年は日本人エース不在の中、オーストラリアのジョッシュ・フック、マレーシアのザムリ・ババ、とインドネシアのディマス・エッキー・プラタマで参戦。トップ10以内の目標をクリアし、7位でゴールをした。

今年はアズランがチームに復帰。当初はザムリを予定していたが、そのザムリがアジア選手権第2戦で負傷をし、その代役として急遽アズランが呼ばれた。タイのラタポン・ウィライローも代役参戦。ザムリと同じく第2戦で負傷したジャクリット・サワンスワットの代役だった。ラタポンは耐久も1000ccのマシンも初めてだった。そして、このふたりに加えてディマスの3名の「純アジア人」チームで挑むことになった。

MotoGPや世界選手権など世界で活躍しているライダーが多く参戦した今年の8耐。その中で経験も少ない、「アジア人」ライダーでトップ10以内でゴールすることは難しい。テストが始まってみると、技術面、体力面で不安があることもわかり、「今年は厳しい」と玉田が漏らしていた。だが、玉田は1ヶ月もの間、鈴鹿に残り、ライダーやメカニックとともに過ごし、レースウィークを迎えていた。

玉田はライダー。ライダーの気持ちがよくわかる。だから、彼らのモチベーションをあげるこつを知っていると思う。レースウィークに入り、アベレージも徐々にあげてきた。常に20番手~25番手あたりのリザルトだったチームが、公式予選を13番手で通過した。

そして決勝、ライダーたちはこれまでにない、ペースで周回を重ね、残り1時間のところで7番手。ペースからみると5位も見えていた。だが、最後のピットインでアクシデントが発生。暗くなると義務づけられている、ライトが点灯しなかった。接触不良だった。チームは懸命に修復をして、ライダーを送り出したが、18番手でレースを終えた。

玉田は帰ってきたアズランを見て、「申し訳ない」と泣いた。それは彼がライダーだからこそ、ライダーの気持ちがわかる。だから泣いたと思う。ライダーたちは命をかけてレースに挑む。そして自分の力を100%以上出して走る。今年の3名はそれをしていた。だから、そのライダーたちの命がけの努力を無駄にしたミスで目標を達成できなかったことに悔しさと申し訳なさで出た涙だった。

自分はそんな彼らを誇りに思う。自分たちが賞賛されることよりも、チームメイトや自分のライダーたちを思う「男泣き」。来年は彼らが「嬉し泣き」ができるように自分も頑張ろうと思う。

Leave a Reply

In Speed We Trust

Speed of Japan Official Blog