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2012年鈴鹿8耐の裏で…..Part 1 玉田誠編

December 30th, 2012

今年最後の投稿になります。

今だから話せる今年の鈴鹿8耐の裏話をしましょう。まずは玉田誠編です。

鈴鹿8耐は毎年7月の最終週に開催されますが、我々にとって鈴鹿8耐は年明け早々には始まってます。ホンダに清成と玉田の参戦のオファーを頂き、次はどのチームで走るかの交渉が始まります。今年については、清成はあっさりハルクプロで決定。これは清成が参戦したアジアロードレース選手権のチームスポンサーがハルクプロと同じMuSASHiだったからです。そうなると、玉田は?となります。そこで、ホンダから提案があったのが、「Honda Team Asia」。前年鈴鹿4耐を勝ったアズランを走らせるためにチームを作り、そこに経験豊かな玉田を起用したいと。正直玉田に最初に言った時は「えー!?」でした。それはそうです。玉田には鈴鹿8耐を優勝したいと言う気持ちが強い。だが、「ファクトリー系チーム」には劣るマシン、そして8耐未経験のアズランがチームメイトとなると優勝は難しいのは誰もがわかっている事。しかし、玉田には「アジアを盛り上げる」と言う使命が、このチームからの参戦を決意させたんです。

まぁ、それからもいろいろとあり、玉田誠が「#22 Honda Team Asia」、清成龍一が「#634 MuSASHi Harc-Pro」、そして加賀山就臣が「#1 Suzuki Endurance Racing Team」とSpeed of Japanからの今年もまた3名が別々のチームで参戦することが決まったんです。

しかし、玉田には関心した。チームメイトにはアズランと亀谷長純。亀谷選手とは同期だけど、自分が引っ張らないと思ったのでしょう。今回の参戦チームで一番走り込んだと思います。6月初旬にはテストをスタート。玉田はまず自分がタイムを出せるセッティングをみつけ、それにアズランと亀谷選手が合わせられるかをテスト。しかし、CBR1000RRにほとんど乗ったことのないアズランはアベレージが上がらず、タイムは玉田の3秒落ち。亀谷もアベレージが中々上がらず、試行錯誤。玉田は責任を感じて、いろいろなセッティングを試すが、中々良くならない。これが鈴鹿8耐の難しさです。元々、身長も違えば、体重も違い、そしてライディングスタイルも違う3名のライダーが3名とも満足できるセッティングを見つけるのは至難の技。2分13秒台で走るなら、簡単にセッティングは見つかるだろうけど、トップ10、そして願わくば表彰台を狙える、2分10秒台には持って行くのは困難なんです。玉田は自分が2分9秒台ペースで走れるセッティングは見つけていたけど、自分だけではどうにもならない。それを玉田は「腐る」ことなく、チームのモチベーションを高められるように努力。それに応えるかのように、チームメイトのふたりもアベレージを上げて来て、トップ10が見えるところまでチームがまとまってレースウィークを迎えた。こんなにリーダーシップを見せた玉田は初めてでした。

レースウィークに入り、一番走り込んだこのチームは徐々に実力を発揮しだしていました。アズランはセッションを重ねるごとにタイムをあげて来て、亀谷選手は卒なく、玉田と同じようなタイムをたたき出していました。あとは作戦と運があれば、表彰台も見えていました。しかし、レースには魔物がいると良くいいますが、玉田のチームにもこの魔物が表れた。レースを見た方は、ご存知の通りですが、亀谷長純選手がスタート直後からマシントラブルで緊急ピットイン。この修復で最後尾まで落ち、そこから徐々に順位をあげて行ったのですが、レース終盤にまた同じマシントラブルが発生。結局完走はしたものの、順位は25位でした。

自分は後で考えると実は前日からこの予兆があったと思います。 トップチームはマシンを2台所有しています。そしてレースウィークには2台ともセッティングを詰めて行き、決勝にどのマシンを使うかを決めます。まったく同じセッティングをしても、ライダーたちは少しの変化でもタイムに影響して来ます。2台とも同じマシンは作れません。チームはトップ10トライアルまでにはどのマシンを決勝に使用するかを決めています。そして、万一の場合に備えて、トップ10トライアルは決勝用のマシンは温存し、Tカーで出走することが多い。しかし、この決勝用のマシンにトラブルが出る予兆はあった。

はっきりとどのセッションか覚えていませんが、この決勝マシンはセッション終了後にマシンを整備しようとした時、パイプがはずれ、オイルか水かわかりませんが、吹き出したその液体でメカのひとりが大やけどをしていたんです。それが直接、決勝のトラブルになったのかは定かではないですが、パイプが外れることが自体が稀なので、なんか理由があったのかも知れません。

しかし、玉田も亀谷選手もアズランも、諦めることなく、最後まで走りきった。アズランは決勝後に、「本当に勉強になった。レースに対する考え方がまったく変わった」と言ってました。そしてアズランは鈴鹿8耐後はアジア選手権と全日本で活躍しています。玉田は悔しがってましたが、自分は大きな仕事を玉田はしたと思っています。

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